「占い」って当たるか当たらないかじゃないと思うんだ、梅雨。

少し前まで占いというものを信じられない環境にありました。それはたまたま知り合った占い師が人として全然信用できなかったことにあります。

人の性格や趣向を決め打ちしたり、プライベートなグループについて利害関係に関わるような重大な秘密を隠していたり、失恋した子を「同情」と称して壁のペンキ塗りの労役をさせたりと個人的には理解しがたい行動をされていました。

そんな境遇にあったので、当然占いというジャンル自体に距離を置いていたのですが、いろいろありまして環境を変えて何かやってみようということで占いを受けに行きました。

その模様は、こちらにて書いてます↓

アポロン山崎の占いブースで手相を見てもらいました

検索では「当たる」「当たらない」がもっぱらの第2検索ワード

上の記事の中でも言っていますが、私の場合は性格というか行動を言い当てられています。それには非常に驚きました。

検索でこれを読んでくれる人もほとんどの第2検索ワードとして「当たる」「当たらない」と付けられています。最近ちょっと、その「当たる」か「当たらない」か知って、どうするんだろう?と考えるに至りました。

「当たる」と思っても「当たらない」を聞いてどうする?

「当たる」と思った人は、「当たるのか!」と思って聞きに行って、そっちの方向に意識が向いているから「当たる」という方向にあてはめていくバイアスが入ると思います。

「当たらない」と思う人は、「やっぱり当たらないんだ」と思って、行かない。もしくは別の占い師のところへ行くと思います。

どちらにしても、自分が起こしたい行動に対して何らかの壁を作ってしまうことになり兼ねないし、なんか個人的に切なさとか悲しさといった感情しか残らない印象を受けます。

自分がそれを聴いてどう行動するかの方が数倍効果的だと思う

「占い」に行く目的って自分がどういう行動を起こすかを考える1つの手段として行くのであって、決して「当たる」「当たらない」ことではないと思うんです。

占い結果を聞いた結果、自分がどう動き出すかとか何を着る捨てるかを判断することに考えを向けた方が数倍自分のためになると思います。それにそっちの方が楽しい方に考えが向くと思います。

「当たる」「当たらない」で検索している方は、是非とも1度、自分の気になる人のところに行ってみてその時間を過ごした上で自分のやるべきこと考えていただきたいと思います。そのために使ったお金はどのような結果になろうと決して死に金にはならないと信じています。

利用すること自体を否定するのではありません

いろいろ言いましたが、「占い」自体を否定するつもりは全くありません。友人や家族に相談できないことも他人なら相談できるという面においての助言者として利用するのは効果はあると思います。1人で思い詰めるくらいならそっちの方が絶対に悩む時間は少なくなりますし。

最初に言った占い師の方に対しては、人としては全く信用はしませんがこのような考えをもたらしてくれたことに謝辞を述べると共に終わりたいと思います。

(了)

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